柳光商事

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 渋谷を象徴するスクランブル交差点を渡ると若者たちが集うセンター街があります。
 また公園通りやスペイン坂といったファッショナブルな街並みが広がります。
 そういった繁華街とほど近くにあり、独自の文化を発信している宇田川町…。地名の由来は渋谷川の支流「宇田川」が流れていたことですが、いまは暗渠化されて川の流れをみることはできません。
 1967年7月、その宇田川町にて柳光商事は誕生しました。以来、50年、200軒以上のテナントさんたちの仕事や生活の「住」として、柳光ビルは機能してきました。
 1970年代から輸入レコードを販売して一世を風靡した「シスコインターナショナル」は柳光ビルを拠点として展開し、ニューヨークでも宇田川発の音楽文化は知られるようになったのです。すぐ近くにはタワーレコードがあり、まさに音楽の街として名を馳せました。しかし、インターネットの普及とともに、音楽産業は低迷し、シスコインターナショナルも2008年に幕を閉じました。
 そして、宇田川は、音楽とともに食の文化を発信するようになったのです。センター街とは一線を画して、食と音楽をゆっくりと豊かに楽しむ空間を醸し出しています。そういった宇田川に「柳光ビル本館」「柳光ビル別館」「宇田川柳光ビル」は生き続けています。
 ライブハウスやバー、飲食店、カフェなど、娯楽の中心として独特の文化をもつ渋谷道玄坂、そこには「百軒店(ひゃっけんだな)」という街があります。そもそも百軒店は、1923年の関東大震災のあと、復興のための渋谷開発計画によって作られました。百貨店のような空間をつくろうと、被災した下町から老舗等を誘致して誕生したのです。
 その一角に「千代田稲荷神社」があります。ルーツをたどると室町時代後期に創始された稲荷神社です。その後、江戸城拡張のときに渋谷宮益坂に移り、関東大震災後に百軒店開発にともなってここに遷座しました。
 以来、商売繁盛の神社として道玄坂・百軒店の街を見守り続けています。稲荷神社なので神使は狐さんたち、狛犬同様に「阿吽」の姿で佇んでいます。
 道玄坂柳光ビルは、その千代田稲荷神社の隣にあり、隠れ家的なバーやジンギスカン料理など、多様なテナントさんが拠点としています。
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